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福岡地方裁判所 平成元年(ヨ)376号 決定 1990年1月24日

債権者

阿部悟

右訴訟代理人弁護士

林田賢一

堀良一

債務者

福岡運輸株式会社

右代表者代表取締役

鳥巣英夫

右訴訟代理人弁護士

水崎嘉人

江口仁

主文

一  本件申請をいずれも却下する。

二  申請費用は債権者の負担とする。

理由

第一当事者の求めた裁判

一  申請の趣旨

1  債権者が、債務者に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

2  債務者は、債権者に対し、平成元年七月一日から本案判決の確定まで、毎月一〇日限り一か月金四〇万一六四八円の割合による金員を仮に支払え。

3  申請費用は債務者の負担とする。

二  申請の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  申請の理由

1(被保全権利)

(一)  債務者は、貨物自動車運送事業等を目的とする株式会社である。

(二)  債権者は、債務者に、昭和四六年四月二七日、長距離冷凍輸送の乗務員(運転手)として、雇用されたものである。

(三)  債権者は、昭和六三年九月三〇日、輸送用の冷凍食品の荷卸作業中に、凍結した荷台の床で足を滑らせ転倒し、頭部、頸部、腰部等を打撲、捻挫した(以下「本件事故」という。)ことから、労災の認定を受けて、井本外科医院(以下「井本医院」という。)で、昭和六三年一〇月一日から同月二二日まで入院し、同月二三日から平成元年二月七日まで通院治療していたところ、同月八日ころ、自宅において、本件事故の負傷が未だ完治していないため立ち上がった際にふらついて転倒してさらに負傷し、福岡中央労働基準監督署から労災事故による認定を受け、池田外科病院(以下「池田病院」という。)に同月八日から同年五月三一日まで入院して治療し、退院後も同病院に通院治療し、同年五月三一日、福岡中央労働基準監督署から治癒認定を受け、池田病院の医師と相談のうえ、業務に就くことにして、債務者と長距離運送の運転手としての就業内容について話し合っていたところ、債務者は、債権者に対し、就業規則一五条二号、六号により同年六月六日付けで解雇の意思表示をし、右意思表示は、そのころ債権者に到達した(以下「本件第一解雇」という。)。

しかしながら、本件第一解雇の手続は、労働者が業務上負傷し、療養のために休業する期間及びその後三〇日間は解雇してはならないとした労働基準法一九条に違反し、無効である。

(四)  さらに、債務者は、債権者に対し、平成元年七月一日付け書面をもって本件第一解雇と同一の理由により解雇する旨の意思表示(同月三日債務者に到達、以下「本件第二解雇」という。)をして、雇用関係の存在を争っているが、同解雇は権利の濫用であって、許されない。

(五)  債権者の平成元年三月一日から同年五月三一日までの三か月間の労災休業補償給付金(以下「給付金」という。)は一か月平均金四〇万一六四八円であるが、債権者が債務者から支給される賃金は右給付金を下らない(債権者が、運転手として、職場復帰した場合、運行手当、補償運収等の賃金が加算されて支給され、さらには、夏、冬の一時金の支給もされるが、右は右給付金の算定基礎になっていない。)。なお、債権者は、債務者から、賃金を、先月分一〇日払いで支給されていた。

2(保全の必要性)

債権者は、債務者から受領する賃金を唯一の収入源とし、他に収益をあげうる資産もなく、妻と三歳及び五か月の二人の子供を抱え、妻は、子供が幼少のため、仕事に就くことも困難な状況にある。したがって、本案判決が確定するまで右賃金が支払われないことになれば、債権者とその家族は経済的に困窮し、回復しがたい損害を被ることは明白である。

3 よって、債権者は、債務者に対し、債権者が雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定め、平成元年七月一日から本案判決の確定まで、毎月一〇日限り一か月金四〇万一六四八円の割合による金員を仮に支払うことを求める。

二  申請の理由に対する債務者の認否

1(一)  申請の理由1(一)、(二)の各事実は認める。

(二)(1)  同1(三)の事実のうち、債権者が昭和六三年九月三〇日、輸送用の冷凍食品の荷卸作業中に、凍結した荷台の床で足を滑らせて転倒し、頭部、頸部、腰部等を打撲、捻挫したこと(本件事故を起こしたこと)、本件事故について労災の認定を受けたこと、井本医院において、昭和六三年一〇月一日から同月二二日まで入院し、同月二三日から平成元年二月七日まで通院したこと、債権者がその後自宅で負傷したこと、池田病院において、平成元年二月八日から同年五月三一日まで入院していたこと、同年五月三一日、福岡中央労働基準監督署の治癒認定があったこと、及び債務者が債権者に対し平成元年六月六日付けで解雇の意思表示(本件第一解雇)をしたこと(ただし三〇日分の平均賃金を提供)は認め、その余は争う。

(2) 債権者は、本件事故後井本病院で、加療、休業一〇日間を要する旨の診断を受け、同医院で治療を受けていたが、その治療は当初の予定より長引き、平成元年二月七日まで続いたが、同月八日ころ自宅で転倒して、池田病院で足指骨折等の診断を受け、同年五月三一日まで同病院で入院していたものであり、池田病院での入院加療は、本件事故とは因果関係がないが、債務者は、債権者の右骨折等が自宅で起きたものであって、その原因を確かめる術もないことから、やむを得ず、債権者の言うとおり労災認定継続の手続をとったものである。

(3) 仮にそうでないとしても、債権者は、平成元年五月から、債務者の営業所に任意で出社し、復職に備えるためと称して、荷積み、荷卸し作業に従事し、債務者に対し、同年六月一日からの職場復帰を求めていたものであり、さらに、同年五月三一日、福岡中央労働基準監督署から、治癒認定を受けていた。そこで、債務者は、債権者が就労可能な状況であると判断して、今後の債権者の職種について話し合っていたが、後記三3記載のとおり、債権者は、債務者の申し出を拒否したので、やむなく本件第一解雇をなしたものである。したがって、債権者には本件第一解雇の意思表示をなした当時就労可能な状況であったものというべきであって、かような状況下でなした債務者の本件第一解雇の手続きは労働基準法一九条に該当せず、適法である。

(三)  同1(四)の事実のうち、主張のとおり本件第二解雇の意思表示をしたこと(ただし三〇日分の平均賃金を提供)は認め、その余は争う。

(四)  同1(五)の事実のうち、給付金の支給があったこと、債権者の賃金が先月分一〇日払いであることは認め、その余は否認する。給付金には、運行手当、補償運収金を含み、債権者主張の金員のうち、債務者は、次のとおり、その一部を支払っていた。

年月 労災休業補償給付金

平成元年三月分 三二万四八一八円

同四月分 三一万四三四〇円

同五月分 三二万四八一八円

年月 会社支給給与

平成元年三月分 八万一一八九円

同四月分 七万八五七〇円

同五月分 八万一一八九円

年月 合計

平成元年三月分 四〇万六〇〇七円

同四月分 三九万二九一〇円

同五月分 四〇万六〇〇七円

2  同2は争う。

三  債務者の主張

債務者が債権者に対し、本件第一、第二の解雇をした理由は、次のとおりである。

1  債権者は、債務者に就職後の昭和五三年一〇月三〇日から平成元年五月三一日までの間だけでも、別表(下表)労災事故表記載のとおり、合計七回労災事故を起こし、その結果、合計八七五日休業していたものであるが、その日数は、債権者の債務者におけるその期間の要就業日数合計二九五二日の約三分の一に達する。また、右各労災事故は、いずれも債権者が作業現場の状況に注意を払わなかったために生じたものであり、債務者は、その都度、債権者に対し事故のないようにと注意していたものであるが、債権者の態度は改まることがなく、事故を繰り返して今日に至った。

労災事故表

<省略>

このような債権者の労災事故は、債務者の他の従業員の労災事故に比べ断然多く、債務者の調査によれば、昭和四八年四月一日から平成元年三月三一日までの間の債務者会社での労災事故は、一人当たり二・七件、休業日数は、一人当たり二六七日であり、債権者は件数において二・九倍、日数において四・三倍に達する。

2  債務者は、長距離輸送においてツーマンシステム(乗務員二名交替運転制)を採用しているため、債権者のように、予測しえない事故で長期間の休業が繰り返されると、従業員の手当ができず、やむを得ず、ワンマンによる運行を余儀なくされ、他の従業員に対し災害発生の不安を与え、運行の安全管理に重大な支障が生じるとともに、債権者のような就労状況の者を雇用継続することにより、他の従業員の勤労意欲をそぎ、従業員の労務管理に悪影響を及ぼす。

3  そこで、債務者は、もはや債権者を長距離運送の乗務員(運転手)として、配置をすることは困難と考え、債権者に対し、作業員への職種変更を申し入れたが、債権者はこれに応じなかったので、やむなく、解雇に踏み切ったものである。したがって、債権者のこのような勤務態度は、債務者の就業規則一五条二号「勤務成績不良にして業務に不適当と認めたとき」もしくは同条六号「その他前各号に準ずるとき」に該当するものである。

四  債務者の主張に対する認否

1  債務者の主張1の事実のうち、債権者の労災事故の回数及び休業日数は認めるが、その余は否認する。

2  同2は、争う。

3  同3の事実のうち、債務者から債権者に対し職場配置変更の申し出があり、債権者が拒否したこと、債務者の就業規則一五条二号、六号に債務者主張の内容の規定が存することは認め、その余は否認する。

五  債権者の反論

本件第二解雇は、以下に述べるとおり、権利の濫用にあたり、許されない。

1  本件第二解雇は、債権者の労災事故を主な理由としているが、債権者の労災事故は、次のとおり、債務者の労働環境の整備不良に起因するものであって、債権者に責められる点はない。

(一) 債務者は、長距離輸送のための一〇トン冷凍車両を一六台保有しているが、それに従事すべき従業員は三〇名しかなく、その台数のうち二台はワンマンで運行していたが、ワンマン乗務では、運転手に過度の負担を強い、その結果事故が多発する傾向が認められるところ、債務者の組合から乗務員の増員を要求されていたにもかかわらず、債務者はこれを拒否していた。そして、別表労災事故表記載の債権者の労災事故のうち、2、5、6の事故は、債権者が、ワンマン運転の際に生じたものである。

(二) また、債権者の労働条件は苛酷で、通常福岡、東京間の輸送が、ときに福岡、鹿児島、東京、福岡間の輸送になる場合もあり、一月に五、六回の往復輸送をしなければならないこともある。また、一回の輸送行程は、一日目には福岡で荷物の積み込みをして出発し、東京到着後直ちに荷物を卸し、その日は債務者の東京の営業所に宿泊し、翌日福岡に到着するや、荷物を卸し、車両の洗車をした後に休日を取るというものである。そして、場合によれば、一日目の前夜に福岡から鹿児島に向けて出発し、早朝鹿児島に到着して荷物の卸し作業後同所を出発して、翌日の朝には東京に到着する事もある。さらに、ときには、休日も取れずに、次の勤務に従事させられることもある。このように、債務者の業務内容はかなり苛酷であり、また、輸送荷物が冷凍食品のため、重いものなどは、二五〇キログラムにも及び、軽いものでも、二、三キログラムになるため、荷卸し作業では、腰痛を訴える乗務員も少なくない。さらに、走行には余裕をもって臨みたいとのことから、一刻も早く荷の積み卸し作業を終えようとして気があせったりすることもある。このような債務者における労働条件下では、労災事故は避けられないものであって、その責任を債権者ら従業員に負担させるのは、著しく不当である。

2  そもそも、労働者が労災事故により負傷した場合の休業は、労働基準法、労働安全衛生法、労働者災害補償保険法により認められた労働者の権利であって、それ故、法は、法定補償の制度や労災による休業及び療養期間内の解雇の禁止等を定めているものであって、このような法の趣旨からは、労災事故を原因とした解雇は、法により保障されている労働者の権利を侵害するものであって許されない。

すなわち、企業活動は、常に労災事故発生の危険性を内包し、そのため、使用者はその指揮下にいる労働者が危険、有害物質に接触し、あるいは、有害業務に従事することによる危険を認識できる地位にあり、労働者の労災事故を防止できる地位にあるが、使用者は、事故が起きると直ちにそれが労働者の過失に起因するものとしてその責任を回避する。しかしそのことは使用者の安全保護義務違反であって、特にこのことを理由に労働者の生活の糧を奪うという重大な結果を招来する解雇は、使用者が自己の責任を労働者に転嫁するもので、衡平の観念から許されない。

3  債務者から、債権者に対し、職種変更の申し出があったことは認めるも、債権者は、長距離輸送の乗務員として、債務者に雇用されていたものであり、右職種変更の申し出に応じないことは、就業規則一五条二号に該当しないのであるから、右規則に基づき解雇することは許されない。

4  債務者は、債権者から、本件第一解雇手続が労働基準法一九条に違反するとして、本件仮処分の申請がされるや、きゅうきょ、本件第二解雇をなしたもので、債務者の本件第二解雇は、本件第一解雇の違法性を隠蔽する目的でなされたものであり、許されない。

六  債権者の反論に対する認否等

1  債権者の反論はすべて争う。

2  債務者の福岡支店における福岡、東京間の運行は、乗務員一名につき月五回、就労日数は月約二三日であり、労働省の定める「自動車運転者の労働時間改善基準」に定める運転時間、拘束時間、休日等のすべての条件を十分満たしており、債権者の労働条件は、債権者が主張する程苛酷なものではなく、他の従業員に比べて事故が多発しているのは債権者の資質に起因するものである。

第三当裁判所の判断

一  申請の理由1(一)、(二)の各事実(当事者)、同(三)の事実のうち、債権者が、昭和六三年九月三〇日本件事故を起こし、同年一〇月一日から同月二二日まで井本医院に入院し、同月二三日から平成元年二月七日まで同医院に通院したこと、同月八日から同年五月三一日まで池田病院に入院したこと及び債務者が債権者に対し、平成元年六月六日付けで解雇の意思表示(本件第一解雇)をしたことは当事者間に争いがない。

二  (本件第一解雇の効力)

そこで、本件第一解雇の効力について判断する。

1  右争いのない事実及び本件疎明によれば、次の事実が一応認められる。

債権者は、債務者に、昭和四六年四月二七日、長距離冷凍輸送用トラックの乗務員(運転手)として雇用されたこと、債権者は、同六三年九月三〇日、冷凍食品を荷卸作業中に、凍結したトラックの荷台の床で足を滑らせ転倒し、その際、荷台に積んであった荷卸用のパレットの角で、頭部、頸部、腰部等を打撲し、福岡市内の井本医院において、後頭部打撲、頸部捻挫兼脳震盪症で一〇日間の加療休業を要する旨の診断を受け、翌日の同年一〇月一日から同月二二日まで入院、翌二三日から平成元年二月七日まで通院(総日数一〇八日中一〇五日通院)して、もっぱら首の牽引と電気療法による治療を受けていたこと、債権者は、同医院の医師から、九州大学付属病院での脳波等の精密検査の結果、慢性の頸椎の変形が認められるも、他に異常が認められず、就業可能である旨説明されたが、依然頭痛、立ちくらみ等の症状があったことから、同医院では満足な治療を受けることができないとして、知人の紹介により同年二月五日ころ太宰府市内の池田病院で診察を受け、頭、頸、背、腰、股、肘、足の打撲、捻挫の傷病名で、同病院に同月八日から同年五月三一日まで入院し、さらに、同病院において同年六月一日から通院加療を要する旨の診断を受けたこと、その間の同年二月一四日ころ、同病院の許可を得て自宅に戻り、住宅購入の件で業者と交渉中に立ち上がった際、立ちくらみがして転倒し、右足指を脱臼及び骨折したこと、同骨折については同年七月八日まで通院加療を要する旨の診断を受けたこと、債権者は、池田病院の医師と相談のうえ、業務に就くべく、体慣しに、同年五月中頃、債務者の箱崎営業所に赴き、荷物の積み卸し作業に従事していたが、債務者に対し、同年六月一日から長距離運送トラックの運転手として従前どおり乗務に就きたい旨申し入れたこと、しかし、債務者は、従前からの債権者の就業態度から、もはや長距離輸送トラックの乗務員には不適当と考え、債権者に対し、債権者の今後の生活をも考慮して、作業員への職場配転を申し入れたが、債権者がこの提案を拒否したため、同年六月六日付けで本件第一解雇の意思表示をしたこと、債権者は、福岡中央労働基準監督署から本件事故につき労災認定を受けていたが、同年五月三一日をもってその治癒認定を受けたこと、以上の各事実が一応認められる。

2  債務者は、債権者は、平成元年二月ころには本件事故による負傷が回復に向かっていたところ、同月七日ころ自宅で転倒し、その治療のため池田病院に入院することになったもので、本件事故と池田病院での治療との間には因果関係はなく、仮にそうでないとしても、少なくとも、債権者は、五月からは、すでに本件事故の負傷は治癒しており十分就労可能な状態であった旨主張する。

(一) なるほど、債権者が、井本医院の医師から平成元年二月七日以前に、慢性の頸椎の変形が認められるものの、他に異常は認められないから、就労可能である旨の説明を受けたこと及び債権者が、同月一四日ころ自宅において自ら転倒して右足指を脱臼、骨折したことは、すでに認定したところであるが、債権者が同月八日から同年五月三一日までに池田病院において受けた治療が、もっぱら右足指の脱臼、骨折のためのものであったことをうかがわせるような疎明資料はなく(<証拠略>によれば、同病院の医師は債権者の右自宅における骨折については通院加療を要する旨診断している。)、結局平成元年五月三一日以前の段階で、債権者の本件事故に起因する傷害が既に治癒し、就業に就けるだけの健康の回復がなされていたと一応認められるような客観的な疎明資料はない。

(二) また、本件疎明によれば、債権者は、井本病院を昭和六三年一〇月二二日に退院後、しばしば、債務者の箱崎営業所に来て、自己の乗用車を洗車していたことが一応認められる(債権者も認めるところである。)が、前記二1に認定したとおり、債権者の当時の主な症状は立ちくらみ、頭痛であって、そのような症状の者でも洗車等の軽作業を一切しえないとまではいえず、債権者が、右洗車をしていることをもって、ただちに、そのころに既に債権者の本件事故による症状が治癒していたものと断ずることはできない。

(三) さらに、本件疎明によれば、債権者が、平成元年五月中旬ころから、医師の許可を得て、就業するための準備(体慣し)として債務者の箱崎営業所において荷物の積み卸し作業に従事していたことが一応認められるが、このことから、ただちに債権者の本件事故による傷害が治癒していたとはいえず、むしろ、前記二1に認定のとおり、債権者は、福岡中央労働基準監督署から平成元年五月三一日に治癒認定されていることに鑑みれば、債務者の右主張を認めることはできない。

(四) 他に債務者の前記主張事実を疎明するに足りる証拠はない。

3  以上によれば、債権者は、業務上負傷したもので、その療養が終了したのは平成元年五月三一日であるところ、債務者は、その後三〇日以内である同年六月六日、債権者に対し本件第一解雇の意思表示をしたのであるから、同解雇は、労働基準法一九条に違反し、無効であるといわざるを得ない。

三  (本件第二解雇の効力)

そこで、本件第二解雇の効力について判断する。

1(一)  申請の理由1(四)(本件第二解雇の存在)、債務者の主張1のうち、債権者の労災事故及び休業日数、同3のうち、就業規則一五条二号、六号の存在と内容の各事実は当事者間に争いはない。

(二)  右争いのない事実及び本件疎明によれば、次の事実が一応認められる。

債権者は、労災事故として、(1)昭和五三年一〇月二九日、債務者の取引先である諫早市農業協同組合において、同僚と共に冷凍用トラックの後部ボックス(以下「ボックス」という。)での冷凍インゲン豆の荷作業中、荷物を取り上げようとした際に頭を上げたところ、冷風の吹き出し口で頭部を打撲し、そのため同月三〇日から同年一一月八日まで一〇日間休業(実休業八日)、(2)同五四年九月一九日、債務者の営業所の洗車場で、車両の扉を開けたままで、洗車中に、車両の下回りを洗い終わったので、立ち上がったところ、開けたままのその扉で頭部を打撲し、そのため同月二六日から同五五年四月三〇日まで二一七日間休業(実休業一七八日)、(3)同五八年七月二八日、債務者の取引先である鹿児島県日置郡伊集院町太田の畜産会社で、冷凍用トラックに、ブロイラー一〇トンをボックスに荷積みした後、ボックスの扉から飛び降りたところ、同所が濡れていたため足を滑らせ、付近にあった冷蔵庫の壁に頭部を打ちつけて受傷し、そのため同月二九日から同五九年六月一日まで三〇八日間休業(実休業二五一日)、(4)同五九年一〇月三一日、債務者の取引先である日本油脂王子工場で、冷凍用トラックに、マーガリンケース九五〇ケース(一ケース約一〇キログラム、合計約九五〇〇キログラム)の荷積み作業中腰を捻り、同年一一月二日から同月九日まで八日間休業(実休業六日)、(5)同六〇年六月八日、債務者の取引先である日水大井冷蔵庫で、冷凍用トラックに加工肉五〇〇ケース(一ケース一四・五キログラム、合計七二五〇キログラム)、さわら五〇ケース(一ケース二〇キログラム、合計一〇〇〇キログラム)を積み、これを佐世保市内に運送後、同月一〇日、同市内で右荷物の荷卸し作業中、中腰で腰を捻り、そのため同年七月二日から同六一年三月三一日まで二七三日間休業(実休業二二五日)、(6)同六二年一〇月五日、債務者の取引先である大分県犬飼市の畜産公社の構内で、冷凍用トラックに、一頭四〇〇キログラムの枝牛肉八頭分を荷積み作業中に、腰を捻って痛め、そのため同月八日から同月一九日まで一二日間休業(実休業九日)、(7)同六三年九月三〇日、本件事故により受傷し、そのため同年一〇月一日から平成元年五月三一日まで二四四日間休業(実休業一九八日)の各事故を起こしたこと、以上のように債権者は、債務者に勤務してから約七年経過し、ある程度就労にも慣れた後の昭和五三年一〇月二九日から平成元年五月三一日までの約一〇年間に合計七回の事故を起こし、これにより合計一〇七二日間(実休業八七五日)休業したこと、この休業日数はその間の債権者の要就労日数合計二九五二日の約三割にも達していること、債務者は、その都度、債権者に対し事故のないよう注意し、特に、昭和六一年度からは無事故運動を実施して、従業員の事故再発防止に努力していること、右(1)ないし(3)及び(7)の各事故は、債権者が、作業状況に応じた通常の注意を払っていたならば十分避けられたものであって、債務者の労働環境の不良に帰せしめるよりはむしろ債権者の過失に基づくものというべきものであること、債務者は、長距離輸送においてツーマンシステムを採用しているため、従業員が、予測しえない事故で長期間休業が繰り返されると、その補充の従業員の手当てができず、やむをえず他の乗務員はワンマンによる運行を余儀なくされるところ、ワンマン乗務は、運転手に過度の負担を強いることになり、従業員の労務管理、運行の安全管理に問題を生じること、債務者は、右の各事情を考慮し、債権者が長距離輸送トラックの乗務員としての適格性に欠けるものと判断し、債権者に対し、作業員への職種変更を提案し、その説得に努めたが、債権者がこれを拒否したため、前記就業規則一五条二号(勤務成績不良にして業務に不適当と認めたとき)、六号(その他前各号に準ずるとき)に該当するとして、本件第一解雇をし、これと同一の理由により、本件第二解雇をしたものであること、以上の事実が一応認められる

2  (権利の濫用)

債権者は、次の諸点を根拠に、本件第二解雇は権利の濫用にあたり許されない旨主張するので、以下判断する。

(一) 債権者は、まず、本件第二解雇は債権者の労災事故を理由としているが、それらは、債務者の労働環境の整備不良に起因するものであって、債権者に責められる点はない旨主張するので、この点について検討する。

本件疎明によれば、債権者は、通常は福岡、東京間の輸送を任務とするが、ときに福岡、鹿児島、東京、福岡間の輸送に当る場合もあり、一月に五、六回の往復輸送を担当することもあること、一回の輸送行程は、例えば、一日目には福岡で荷物の積み込みをして出発し、東京到着後直ちに荷物を卸し、その日は債務者の東京の営業所に宿泊し、翌日福岡に到着するや、荷物を卸し休日を取るということもあること、また、一日目の前夜に福岡を出発して鹿児島で荷卸し作業後、同所を出発して、翌日には東京に到着し、荷積み後翌日に大阪を経由して、福岡に戻る場合もあること、ときには、帰福後荷卸し作業や洗車をし、その日のうちに出発することもあって、休日も取れずに次の勤務に従事させられることもあること、債権者の輸送する荷物は冷凍食品が多く、重いものなどは、二五〇キログラムにも及び、軽いものでも、二、三キログラムになるため、荷物の積み卸し作業による腰痛を訴える乗務員も少なくないこと、さらに、走行時間との関係や荷物が冷凍食品であるので、積み卸し作業を焦ってすることもあること、債権者の昭和六一年七月の業務内容は、長距離運転業務が五回で、合計一九日間一四一時間四五分、それ以外の業務が四八時間三〇分の合計一九〇時間一五分の稼働で、このうち時間外勤務は三八時間一五分であること、債務者の労働組合との昭和六二年六月二五日付協定によると、時間外勤務は一月一〇四時間までとなっているが、債権者の時間外勤務はこれをはるかに下回ること、昭和四八年四月一日から平成元年三月三一日までの、債務者の福岡支店営業所での従業員の労災事故とそれによる休業日数は、従業員二六名で、事故は、延べ七二件、一人当り平均二・七件で、休業日数は延べ約六九〇〇日(ただし定休日を含む)、一人当り平均二六五日であり、事故のない者一名、一回の者八名、二回の者五名、三回の者四名、四回の者三名、五回の者三各、七回、八回の者各一名であるが、労災事故を多発している者の事故内容は、ある者(以下。「A」という。)は、(1)トラックのボックス横扉を開放中横扉そばにて安全靴とはき替えていたところ、強風のため横扉が閉じ、胸部を打ち転倒したことにより、昭和五四年五月二九日から同年九月四日まで休業、(2)トラックの工具箱からワイヤーロープを引き出そうとした時ロープにジャッキが引っ掛かり、左足親指にジャッキを落とし、そのため、同五六年一月二四日から同年五月五日まで休業、(3)トラック洗車用台から降りる際地面が凍っていたために、足を滑らせて右足首を捻挫し、同五九年二月一〇日から同月二八日まで休業、(4)「おきあみ」の荷積み作業中に荷物を持ち上げた際、体のバランスを崩し、左腰を捻り、そのため、同五八年八月二日から同年九月七日まで休業、(5)大雨のなか運転手席から降りる際に扉の内側に手をかけたところ、雨で手が滑り、頭から転落して、同六二年七月一八日から同六三年四月一二日まで休業したこと、他の者(以下「B」という。)は、(1)運転席から降りる際バンパーにあるステップを踏み違え左膝を強打して、同五三年三月二〇日から同年七月七日まで休業、(2)トラックの後退を誘導していたところ、後方に自転車があるのに気付かず、その自転車にぶつかり転倒して脇腹を痛め同五五年二月二二日から同年九月八日まで休業、(3)荷積み作業中に立て掛けていたパレットが倒れ、右胸部に当り負傷し、同五六年一〇月二五日から同年一一月三〇日まで休業、(4)トラックの冷凍ボックスから降りた際に足首を捻挫して、同五七年一〇月四日から同年一一月三〇日まで休業したこと、債務者会社の従業員が組織する福岡運輸労働組合は、本件解雇をやむを得ないものとして、債務者を支援する等の行動を採っていないこと、以上の事実が一応認められる。してみると、債務者における長距離輪送に従事する乗務員の業務内容は、かなり重労働であり、かつ債務者においては労災事故が多発しているといえる。しかし同事故の多くは、作業中に比較的重い荷物の積み卸し作業のための腰部捻挫事故であるうえ、A及びBの事故の態様にも見られるように、債権者と同様本人の不注意のために生じたと思われるものもあるというべきである。さらに、右認定事実と前記三1の(二)に認定した債権者の労災事故(1)ないし(7)の内容を併せ考えると、これらの事故が債務者の労働環境の整備不良に起因しているとはいえず、他に債権者の右主張を疎明するに足りる証拠はない。

(二) 債権者は、労災事故の発生を原因として、解雇することは、労働基準法、労働安全衛生法、労働者災害補償保険法で認められている労働者の権利を侵害するもので許されない旨主張するも、本件第二解雇は、前示のとおり、労災事故の発生を直接の原因とするものではなく、乗務員としての適格性を理由として、就業規則に基づいてなしたものであるから、債権者の右主張は理由がない。

(三) 債権者は、作業員への職種変更の申し出を拒否したことを理由に就業規則一五条二号に基づき本件第二解雇をすることは許されない旨主張するが、前記認定事実によれば、右職種変更の申し出の拒否を解雇理由としているわけでないことは明らかであり、債権者の右主張も理由がない。

(四) 債権者は、本件第二解雇は、本件第一解雇の手続が労働基準法一九条に違反することを隠蔽するためになされたものである旨主張するので、この点について検討するに、労働基準法一九条は、療養終了後三〇日以内の解雇を制限しているもので、それ以後の解雇まで制限しているものではないと解すべきところ、本件第二解雇は、債権者が福岡中央労働基準監督署によって治癒認定された平成元年五月三一日から三〇日以上後の同年七月三日に債務者に意思表示が到達したものであることは疎明により明らかであるから、この点の債権者の主張も理由がない。

3  以上によれば、本件第二解雇は、債権者の労災事故の内容及び発生件数が、債務者による注意喚起にもかかわらず他の従業員に比べ著しく多く、かつ休業日数も長期間に及ぶことを理由に、債権者は長距離輸送トラックの乗務員としての適格性に欠けるものとして、就業規則一五条二号、六号により適法になされたものといわざるを得ず、他に債権者の権利の濫用の主張を認めるに足りる疎明はない。

四  よって、本件仮処分申請は、その余の点について判断するまでもなく、被保全権利の疎明がなく、かつ、性質上保証を立てさせて疎明に代えることも相当でないから、これを却下することとし、申請費用につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 堂薗守正 裁判官 小泉博嗣 裁判官 山口芳子)

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